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いろいろ

義父の入院、わたしの思い


もと教員、うつ病でひきこもりのmachaco(まちゃこ)です。

今日(正確には昨日)、クリスマスイブの日に義父が直腸がんの摘出と人工肛門造設の手術のために入院しました。

前回は痛みの緩和が目的で、強い痛み止めが効いて数日で退院。

その退院の時は義兄夫婦が説明を受け、連れて帰って来たので、内容を直接聞いたわけではないのですが、12月24日に再度検査をし、状況によっては27日にすぐ手術するか、年明けに手術すると義母から聴きました。

余命は一年以内でも、その手術はしなくてはいけないと言うので、少しでも元気なうちにして、人工肛門のケアを自分でできるようになってもらわないといけないため、早いに越したことはないけれど、お正月を病院で過ごさなければいけなくなります。

自分の父親が自宅に帰りたがっていたのに、最期になると予想していなくてお正月を病院で迎えさせてしまい、自宅に帰りたいと言いながら亡くなった経験があります。

なので、わたしは今回は義父はお正月は自宅で過ごし、それから入院すればいいと個人的には思っていました。

でも、前日に義母が「27日手術するから、行ったり来たりするのがたいへんだし、入院させてもらう」と言っていました。

確かに、ちょっとよぼよぼしているので通院はたいへんだけれど、バス1本で行けるし、なんならタクシーを使ってもいいと思います。

病院でも「27日手術だから、入院は前日」と言われたけど、半ば強引に頼み込み、午後から退院する人のベットがあくまで待つことになりました。

そこまでして今日入院しないといけないのか・・・

少し悲しい気持ちになりました。

昭和に生まれ育ったわたしは、「もういくつ寝るとお正月~」と歌にある通り、お正月は特別で、楽しみなものでした。

リンパ節に転移があり、余命が一年未満、抗がん剤も効果があるかわからないと言われているので、これが最期かも知れないし、手術後は今よりたいへんな生活になります。

でも、わたしには決定権はないし、他の家族も納得し、何より本人が望むのだから仕方がないです。

今日入った病室は、同じ人工肛門をした人とか、抗がん剤でずっと吐き気が止まらず、「うえっ」と苦しそうな人たちの病室でした。

本人はホテルのベットに身を投げ出す時のような表情で横になっていました。

そして、帰り道に義母のこれまでの義母に対する恨みや愚痴を聞かされながら運転して来ました。

数日前に降った雪が寒さで凍り、路面はツルツルで、とてもとても疲れました。

そして、いろいろなことを考えると気が重く、考えごとをしているうちに、父のことをあれこれ思い出し、涙が出ました。

父にも精一杯のことをしたつもりでいます。義父に対しても「親だから」できるだけのことをしてあげたいと思います。

でも、やはりその気持ちは父に対してとは少し違うのです。

父にはできる限りのことをしてあげたいと言う自分の意志が大きく、自分しかいないと思っていました。

義父には、多分「義務」とか、他にあるとしたら自分がしっかりやることで後悔しないため、つまり自分のためとか、息子たちに親としてきちんとしているところを見せたいとか・・・

すっかりわたしを頼りきっている義父母、どこか他人ごとに見える息子である夫や義兄夫婦、義弟たちを見て、なんとなく虚しく思います。

自分が犠牲になっているまでは思っていませんが、わたしが自主的に心から愛情を持ってしているわけではないことを、周りにわかって欲しいのか、わからないようにしたいのか、よくわからなくなりました。

とりあえず、無理しないようにしようと思います。

だから、義父が忘れて行った物は義母に届けてもらいます。

手術の日は付き添いますが、バスかタクシーで行き、帰りに夫に迎えに来てもらいます。

冬道、朝夕夫の会社まで送り迎えもしんどいから。

自分の病院も年末年始の休みの前に行かないと。これもタクシー使って行ってやる!(笑)

 


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