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いろいろ

命の期限に向き合うこと


もと教員、うつ病でひきこもりのmachaco(まちゃこ)です。

義父がガン、余命一年と宣告されてから一週間、通院の付き添いなどで予定が変わり、自分の用事が後回しになってしまっています。

その上、息子が帰省し、一緒に出掛けたり、あり合わせの材料を駆使して手料理を作ったりしていたので、少し疲れました。

義父は自分の状態を理解しきれていないようで、痛みの緩和ケアのための入院を「お泊り会」に行くような楽しげな様子で行ったので、少し不安になってしまいました。

とりあえず病院では元気にしていたので、予定より早く退院することになり、迎えと医師の説明に義兄夫婦に行ってもらいました。

再度病状について説明を受け、義父は今後直腸がんの摘出、人工肛門の処置をし、それでもリンパ節への転移があり、余命が一年以内であることと、抗がん剤の効果があっても多少余命が長くなる可能性があるだけで、治る見込みがないことを丁寧に説明してもらったので、ようやく呑み込めたようです。

摘出して抗がん剤をすれば治ると思っていた様子なので、そうではないことをもう一度医師から話してもらいました。

もちろん、抗がん剤が効いてもう少し長生きができるかもしれないし、このままどんどん悪くなってしまうかも知れないし、それはわかりません。

でも、いろいろなリスクや可能性、その他を自分で理解し、あとは自分で決めるしかありません。

自分である程度理解でき、考える余地があるから、選ぶことができるのです。

わたしもそうだし、歳をとると「もういつ死んでもいい」とか言うけど、実際に「あなたの命はあと少しです」と言われてしまったら、やはり受け止めがたいものがあると思います。

でも仕方がないのです。

あとは選べる範囲で自分で決め、納得して生きるしかないのです。

遺されるわたしたちは、それに沿うしかないです。

わたしの父親もガンで亡くなりましたが、入院中に容体が急変し、意識不明で呼吸器になり、死の淵をさまよった時に気管切開をするように勧められ、そうしました。

命は少し長くなりましたが、声を失い、身体の自由を失って病院のベッドに手を縛られ、亡くなりました。

どんな姿でも生きていて欲しいと思った娘のエゴでしかなかったと今は思います。

だから、あの世で会えるならなんとしても会って、本当の気持ちを聞いて、恨んでいたら心から謝りたいと願っているのです。

義父はもっと長生きがしたいのに、あと一年をどうするか決めなくてはいけないけど、自分で決められるだけわたしの父より恵まれているのか、そうでないのかはわかりません。

いずれにしろ、これからすぐそばに死が待っているのに、人工肛門の手術をし、ケアを自分でしなければいけないのです。

生き方、死に方は誰でも思い通りにはならないですね。

これからまた付き添いや医師との面談など、わたいの出番が多そうです。

重い。

せめて、家で冷静に考えられるときは、義父の残りの生活ができる限り穏やかであるように祈ります。

 


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