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もと教員

学校には「正義」がないと実感した時


もと教員、うつ病でひきこもりのmachaco(まちゃこ)です。

わたしは「もと教員」で、学校の先生を25年やっていました。

その中であった多くのエピソードや経験などを書くと、守秘義務を守れなかったり、個人のプライバシーを侵害してしまうことになったりすることもあるので、慎重になるように気を付けています。

25年間もいろいろな子どもと保護者、同僚である教職員と毎日過ごしていたのだから、良いことも悪いことも数えきれないほどあります。

更に、我が子の保護者として学校に関わって来た中でも、たくさんのうれしいことや嫌なこともあります。

その中で、今も根強く心に思っていることは、「学校の先生には頼れない」「学校に期待しても無駄」ということです。

もと教員がそんなことを言っていいのかと自分でも思うのですが、わたしは「学校には正義がない」と外からも内からも学校を見てきて心底感じているのです。

そう思う決定打となった出来事を書いておこうと思います。

ずっと許すことができない、息子のいじめの件

息子が6年生の時、クラス中のみんなから「仲間外れ」になっていました。

その時の主になった子たちと親、担任の先生について、「一生会いたくない」と思っています。

クセありの息子

保育園に通わせている頃から、何をするのかわからない、いわゆる手がかかる子でした。

思いのままに行動してしまう、言うことをきかない、友だちとトラブルになる、忘れ物が多い、片づけられない・・・

でも、極端にコミュニケーションが取れないわけでもなく、場面によっては年齢よりもしっかりしていると感じる面もあります。

得意なこと、好きなこととできないことのギャップが大きく、何しろ目立つのです。

何度も「子どもの発達相談」と言うチラシを手に悩みながら育てていました。

学校が大好きだったはずなのに・・・

6年生の秋、学習発表会(学芸会)が終わった後だと思います。

ある時、同級生の女の子たちから「息子くん、みんなに仲間外れにされてる。男子のほぼ全員から」と聞きました。

なかなか衝撃的です。

息子はわたしには何も言わないし、変わりなく毎朝学校に行くし、そんな素ぶりも見せなかったからです。

息子に友だちと何かあったのかと聞いてみると、本当らしいです。

クラスの中で、それなりに影響力がある子たちと仲たがいしたようで、夏までは一緒に帰宅後も遊んでいてむしろ仲良しグループだったはずなのに、その子たちから外されているとのことで、女の子たちの言うことと同じでした。

学校の先生にそのことを告げると、「わかりました。話をしてみます。」とのことでした。

結果、最悪でした。

息子の話によると、相手の3人と息子が同席し、3対1で責められるような形になり、先生は「これからはお互い仲よくしないと」とけんかの仲裁のような形になったとのことでした。

先生からは「お互いにいろいろ思うところを話せて、仲直りできました」との報告でした。

問題の本質とズレていて、「仲間外れはいけない」と言うことを伝えられていなかったのです。

もうすぐ中学校に行き、勉強のこと、人間関係、環境が変わってうまくやって行けるか、心配が多かった時期なので、ますます不安になりました。

その時、「中学校受験」と言う選択肢もあり、私立の中学校に行けば得意な音楽の道に行くこともできると考えていたので、その思いは強くなりました。

当然その後の関係が良くなるわけはなく、ますます孤立していたようです。

そのこともわたしには言わず、一人で耐えていたようでした。

わたしも自分の仕事が忙しい上に、担任の先生にあれこれ言わない方がいいと思って油断していました。

ある日「最近どう?」みたいに聞いたら、「休み時間は図書館に行って本を読んでる」とのこと。

「えっ?」一番想像しにくい姿です。

「学校なんて、バンド(吹奏楽)の朝練以外に楽しいことなんかない」と言う言葉が心に刺さりました。

衝撃的です。しかも、先生はそのことを知っているのかと思い、息子に聞いたら「知らないんじゃない?オレ言わないし、あいつらズルいし」と。

今でもそのことを思い出すと泣けます。

1年生から学校が大好きで、毎日楽しく通っていたのに・・・

誰も守ってくれなかった

そんなモヤモヤを抱えていた頃、組合の会議で息子の担任の先生と一緒になりました。

先生からそこで更に衝撃的なことを聞きます。

息子を仲間外れにしていた中心の子の親が、自分の息子が学校で指導を受けたことに怒って、担任の先生を家に呼んだと聞かされました。

呼び出しに応じた時点で、もう「謝罪」寄りです。

そちらの親御さんの話によると、「息子くんはとんでもない子で、我が家に来た時にこんなことをしたし、他の子ともこんなトラブルがあるし」と我が子のことを散々言って、ケンカして当然、自分の子は悪くないと言ったようです。

それを担任の先生がわたしに打ち明けたのは、わたしへの甘えです。

自分が辛かった、苦しかっただけです。

その時、「よその親は、仲よく遊んでいた友だちを仲間はずれにした我が子を正当化できるんだ」「先生は、強く言って来た方の味方なんだ」と、ある意味深い絶望を感じました。

もう無理だわ、わたしには。

「戦う必要なんてない」と私立中学受験へ

わたしが教員で、同業者であることで学校の先生たちは気を遣います。いろいろな意味で。

中には「あいつの親は学校の先生だからな」となぞの敵対意識とか悪口を言う先生もいます。

中学校はわたしの勤務している学校の卒業生とも校区が重なり、トラブルになったり、学校で問題を起こすたびにまたわたしは苦しいのです。

学校の先生の中には我が子の正当性をいつも主張し、自分の方が経験もあると堂々と言う人もいますが、わたしは逆に「学校の先生だから、子どもの先生には気を遣って言えない」方でした。

なので、息子をなりふり構わず守ってやれないことを申し訳なく思っていました。

でも、私立に行かせればそんな苦しみもないと言うことも魅力でした。

そして、何より中高一貫なので高校受験のための内申点との闘いの必要がなくなることも強みです。

すぐに私立中学の資料を取り寄せ、息子と話し合いました。

息子は迷っているようでしたが、好きな音楽ができることに魅力を感じ、受験することにしました。

夫は反対、吹奏楽の先生も反対しました。

「ぬるいところに入れてどうする。自分で中学校で勝負させろ」と言うのです。

けれど、わたしは親として「逃げる」のですが、本人はあくまで「挑戦」であることを息子にしっかりと自覚させ、受験させました。

幸い、受験する学校の受験相談で先生に楽器の腕前も見てもらい、「ぜひ音楽科で受験してください」と言われたのも心強かったです。

受験のために小学校にも必要書類をお願いしたところ、担任の先生は「がんばって」と応援してくれましたが、わたしたち親子の苦しい決断があることに気が付いていないようでした。

でも、もうわたしは「我が子を守れるのは親だけ」と小学校にはもう期待していなかったので、そのまま卒業まで波風立てずにいようと思っていました。

先生に謝られても、もう遅い

でも、ある日担任の先生から電話が来ました。

「お話しさせていただきたいので、お宅に伺ってもいいですか」

訪問はお断りし、わたしが学校に出向くことにしました。

学校の先生が多分謝りに来るのを子どもに見せたくなかったのが大きいです。

先生は言いました。「わたしの対応が間違っていました。申し訳ありません。」

もう遅いです。子どもの心を傷つけたことは取り返しがつかないのです。

そして、もう卒業までの短い期間で修復は無理です。

別に恨み言を言う必要もなかったのですが、先生は我が子のいいところを必死で「わかっている」と言っていて、しらけました。

そして、息子が尊敬しているちょっと暗くてマニアックな、仲間外れにされてしまいそうなタイプの友だちをかばったエピソードを語り、「息子くんに○○くんは救われていました」と。

「でも、うちの子を救ってくれる子はいなかったのね」とまた傷つくわたしでした。

その後も聞いた嫌な話

仲間外れの中心になった子たちの親は、担任の先生から「お宅のお子さんが、息子くんを仲間外れにしたので学校で指導しました」と聞き、驚いたようです。

そして、母たちの集まりで話題になり、「謝るべきか」と話したようです。

でも、先生を呼びつけた親が「あっちが悪いんだからいい」と言って賛同したそうです。

女の子たちの親とは仲良くしていたので、あとで聞いてびっくりです。

わたしは思いました。「自分の子がそんな卑劣なことをしていて平気なんだ」と。

そして「もう関係ない。会っても絶対あいさつもしない」と心に誓いました。

息子の努力と笑顔が救い

なんとか私立に合格し、6年間高い学費を払いながら通わせ、息子は卒業して社会人になりました。

そのまま無理をして公立に行って、「勉強ができない息子くん」「問題児の息子くん」と言われて高校に行けないどころか、中学校も行けずに不良になっていたかも知れません。

私立は得意なことをがんばれば、そこで評価してもらえるし、受験受験と言われないのでのびのびできました。

6年間通うことで、先生や友だちにも理解し、支えてもらいました。

音楽は、大学に行ってプロを目指すのではなく、趣味でやっていくと本人が希望し、就職しました。

今は自立し、たくましく生きています。

最後に守れるのは学校ではなく親

わたしが息子に望んでいたことは、「親がいなくても生きていけるようになる」ことです。

そのために学校に行っていろいろなことを学ばないといけません。

でも、学校に頼りすぎてはいけません。

自分の子がどう生きて行くか、決められるのは親と本人で、そのために努力するのは自己責任です。

学校の内部事情もわかってしまうからこそそう思うのですが、学校は今「言ったもん勝ち」で、強い意見を言う人の意見に流されがちです。

何が正しいのか、学校は見失うことが多いのが現状です。

25年間学校の先生をしながら、学校に失望してしまったわたしの忘れられない出来事でした。

もちろん、学校の先生にはお世話になったし、感謝の気持ちは持ち続けていますよ。

 

 


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