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うつ病

うつ病とは「闘わない」でも「負けない」


日本中を「ネプチューン名倉さんがうつ病」と言うニュースが駆け巡りました。

なので、一日中「うつ病」「公表」「休養」「闘病」と言うワードが飛び交っています。

わたしがうつ病と診断されてから9年余り経ちましたが、当時よりもうつ病に関する理解が進みましたね。

うつ病でもと教員、現在はひきこもり主婦のわたしは、同じ病気の方々の話を聞くと「心から」「全力で」でも「密かに」応援しています。

今でこそわたしも周りの人に「うつ病」と話し、ひきこもり生活を楽しもうと思えるちょっとした余裕もできましたが、ここまで来るには様々な葛藤や失望、自信喪失、自己否定、焦り、虚無感などの負の感情に振り回されながら生きて来ました。

子育て真っ最中でちょいベテラン教師として働きながら体調を崩し、うつ病と言われてから今までのことをざっくりまとめておきます。

「うつ病かも」と言う恐怖

現在は女性では5人に一人、男性は10人に一人は一生のうち一度はうつ病にかかると言われています。

女性は産後うつや更年期うつなどと言われる女性特有の症状もあるので、割合は多いですが、仕事のストレスや過重労働でうつ病を発症し、苦しむ男性もたくさんいます。

今は職場で「メンタルヘルスチェック」を定期的に行っていたり、必要に応じて相談できたり、気軽に心療内科を受診できるようになってはいますが、自分が「うつ病かも」と思ってから、精神科や心療内科を受診し、医師に相談するまでに、自分一人ではなかなか行けません。

誰かが進めてくれたり、家族が背中を押したりしてくれるケースが多いようですが、わたしも身近な人から勧められました。

いざ病院に行くことになってからも、不安を抱えながら複雑な思いで受診するものです。

「うつ病といわれるかも」「うつ病だったら、仕事はどうなる?」等いろいろな思いが頭の中をぐるぐるします。

そして、医師に「うつ病ですね」と言われ、何とも言えないショックと同時に「やっぱりそうなのか」と言うあきらめや納得の気持ちも味わいます。

先が全くわからない不安

うつ病と言っても症状は様々で、治療法も様々です。

どんな治療を、どれくらいの期間するのか、自分がどうなるのか全くわからず、とりあえず医師の見解や意見を聞きます。

何の病気もそうですが、特効薬も劇的な治療法もないです。

自分に合う薬にすぐに巡り合えるか、自分に合う医師やカウンセラーに出会えるか、すんなりいく保証もないです。

そして、何より自分の生活や仕事がどうなるのか、深い霧の中で先が見えず、途方に暮れてしまいます。

程度や症状にもよりますが、病気の特性から言うと「休む」ことが治療法として有効な場合が多いので、その場合医師に「自宅で休養をした方がいいですよ。診断書を書きますから」「今は休職は無理です」等と言うやりとりが大多数のようです。

わたしの周りの同じ症状の同僚も、休む決断ができずにズルズルと悪くなったり良くなったりを繰り返し、悪くなるたびに前よりも立ち直りに時間がかかっていました。

わたしは、幸い結婚して夫が働いてくれているのでなんとか生活はできると言う安心感もありますが、同時に「家族のために健康を取り戻さないといけない」と言う使命感のようなものも感じていました。

なので、勇気を出して休職し、3か月でなんとか復職しました。

でも、それは無理してなんとか仕事に行っていただけで、「治った」わけでも「乗り越えた」わけでもなく・・・

「うつ病」と周りには言えない

異動によって環境が変わり、周りに「よく体調崩す人」と思われながらも、教員と言う職業なのもあってなかなか近しい人以外には言えず、なんとか体調の波に飲み込まれないように踏ん張って「先生」として子どもたちと一緒にいました。

子どもと一緒に過ごす日々は「自分が心から楽しい、充実した時間」であり、好きな仕事が思い通りにできないことに日々苦しみました。

「ごめんね。もっと健康でちゃんとした先生に受け持ってもらえなくて」「いつも休んで迷惑かけてごめんなさい」と子どもにも同僚にも心の中では謝っていました。

そんな自分は本当にダメな人間だ・・・

再び「仕事に行けなくなる」最悪な形

ある朝、突然「学校に行けない」と言う日が来ました。

前日は長期休業が終わって始業式で、「明日から勉強がんばろう」と子どもたちと話し、午後に次の日からの授業の準備をし、普通に帰宅し、寝たのに。

その次の日は朝起きて絶対行こうと思うのですが、嘔吐を繰り返し、電話もできる状態ではなく、学校から電話やメールが来ました。

そこで「明日は?」と管理職に言われた時に、何かが折れました。

「休んだ方がいい」とか勧められた前回とは全く違う形で医師に「学校に行けません。診断書を書いていただけますか」とお願いしました。

もうその時には期限を決めず、先の見えない、どうなるかわからないけど休養をしようと思って過ごしていました。

それから半年後に「退職します」と手続きをしました。

年度の途中だったので、「先生がいなくなっちゃった」と子どもたちを不安にさせてしまいました。

約1年のひきこもりから、社会復帰

アパレルで働いてみました。

けっこう楽しくてやりがいと言うか、新鮮な世界でした。

でも、日々ちょこちょこと納得のいかないことが続き、そうしているうちにシフトが自由が利かないので実家に顔を出すこともできないため、母も不安定になってきたことを大きな理由に辞めました。

自分を活かせる仕事?を見つける

もと特別支援教育の担当の教員と言う肩書で、一発で採用になったのは福祉サービスお現場です。

気楽にパートで無理なく楽しんで働きたい気持ちと、会社の都合とでパートから「管理責任者」になってしまいました。

でも、この時は「自分のこれまでの経験や資格を活かせる」「学校と違う視点で子どもを育てることができる」と期待もありました。

そのころは、「うつを乗り越えて」とか「うつのわたしが子どもたちとできること」とか、何か本でも出せるんじゃないかなくらいのテンションの時もありましたが、あまりのブラックな会社の体質の中で負担もストレスも増大する一方でした。

三度休職・・・仕事はあきらめよう

もううつ病であることを隠して働くのも、中途半端に気を遣われながら働くのも無理だなあ・・・

こうなったらもう仕事はあきらめよう。

病気も全然よくなる感じじゃないし。

もうきっと「治る」とかもないわ。だから、周りにも言う。

そう決めて「元気?」と言う友だちからのメッセージに「うつが悪化したから、仕事辞めるよ」と正直に書きました。

みなさん一瞬間があって「大丈夫?無理しないでね」と当たり障りなく返事するしかないですね。

でも、大きな重荷がなくなりました。

とは言え、やはりうつ病であることを公表するのは勇気がいることですし、仕事を休む決断は覚悟がいります。

家族や周りの方々の理解や支えがあってこそとは言いますが、本人も家族も経験しないとわからない苦しみを伴います。

「治りたい」「乗り越えたい」「闘う」のは無意味だと思う

いろいろ闘ってみて、今はそう思います。

がんばったってそうそう劇的に治るわけではないし、不治の病と言うわけでもないです。

「ぜったい治す」とか「乗り越えて○○をやっています」とかは、今のわたしには違います。

今のわたしは「うつ病」で「ひきこもり」な自分がどう生きるのがいいのか。わたし自身のために、そして家族のために。

うつ病と言う荷物を持ったままそれなりに楽しく生きることができればいいなあと思います。

だから、うつ病とは闘わないです。でも負けないです。

 

まとめ うつ病の自分の生き方を探すための治療期間かな

だから、この先ずっと死ぬまでかも知れないし、来年の今ごろは「もとうつ病患者」かも知れないです。

ケンカは仕掛けないけど、負けず嫌いのわたしはうつ病と言うよろい?にもつ?を持って人生の旅をしています

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