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もと教員

教職員組合の闘い「日の丸」「君が代」問題



教員になって、わたしたちの頃は「条件付き採用期間」である半年間は、何か問題が起きると採用取り消しなどもあり得るから問題を起こさず、真面目に過ごすことをよく言い聞かされました。

その半年は共済のローンも借りられないし、組合にも入れません。

組合の加入については年々圧力と言うか、「入るべき」と言うようなな雰囲気もどんどん薄くなっていき、今はどのくらいの加入率なのでしょうね。

わたしが学校を辞めるころは自分より若い人は加入しているのは半分ほどでした。(学校によって違うと思います)

確かに、組合費が月8000円とか10000円で、さほど恩恵を受けている感じはありません。

昔、わたしたちよりずっと上の方々は、給料や休み、その他の教員自身の権利の獲得や教育の民主化のために闘ってきた歴史があり、自分たちはそのおかげで産休や育休も取れたし、ブラックと言われながらも極端な人権侵害もなく、身分が保証されていました。

でも、組合員であってもなくても学校では平等で、同じ権利は保障されています。

職場によっては組合に入らないといけない雰囲気の学校もあったのは事実ですが、入らなくても問題はなく、むしろ月々の組合費も払わなくていいし、会議も動員もないし、管理職にチェックされることもないので、若い人が「入りません」と言う気持ちはわかります。

 

わたしは組合員でした。

新卒の年は小さな学校で、若い先生ばかりで誰も入っていなかったのですが、2年目に異動してきた先生が「入るべき」と勧められ、入りました。

田舎の学校から札幌の学校に異動になって、「組合入ってる?」と聞かれ、春先に職員朝会で決まってやらなくてはいけない通告、通達の儀式(?)があるので署名しなくてはいけません。

田舎の小さな学校から何倍も職員がいる学校に戸惑いながらも参加しました。

 

そんな中、世間で大きな問題になったのが、ひのまると君が代の問題で学校と校長会との板挟みになって校長先生が自死した事件です。

大きく報道され、わたしたちも組合で配布される資料や学校でも詳細が知らされ、大騒ぎになりました。

しかし、そんな事件があったとしても「日の丸を掲揚する。君が代は斉唱する」ことは国民としての義務と言う決定事項、それにあくまで反発する組合のセオリーは変わらず、それぞれのシナリオ、マニュアル通りに粛々と闘いは行われました。

「国歌斉唱」で組合バリバリの先生は起立しない。それを教頭が名簿でチェックして記録していました。

日の丸を掲揚したからと言って「教え子が戦争に行かされる」わけでもないし、君が代を歌ったからと言って天皇陛下に命令されたら命をもささげるわけでもないので、子どもたちの前でそのような姿を見せることの方がどうかと思うのですが。

そして、卒業式や入学式についての職員会議の終わりがこの問題が必ず話になり、校長対先生たちになって時間がかかり、忙しい2月3月を余計なことに時間を割くことになって、その日の残りの業務と保育園のお迎えの時間を計算するわけです。

正直に言うとわたしは「どっちでもいいじゃん」と思っていたのですが、組合員である以上は立場上反対しないといけないと顔には出さずに座っていたわけです。

下手に何か言うと同僚である熱血バリバリ組合がんばる派の先生に後で呼び出されてしまいます。

面倒なのでやめようかと思ったことも何度かありましたが、仕事の一部と割り切ることもできたので、最後まで加入していました。

 

でも「日の丸も君が代もどっちでもいいじゃん」派のわたしは子どもたちの行事でに参加すると周りに合わせていたし、札幌ドームの日ハム戦の応援の時も試合前の国旗掲揚と国歌は立って参加しました。

あの「国歌を斉唱し、国旗を掲揚します」とアナウンスが流れ、選手も帽子を取って旗を見つめるあの場で、客席で座って腕組みしていた中には、学校の先生が多かったと思います。

会話の内容から「この人たち同業者だ」とわかることがよくあり、ドームでそんなグループを見かけると「立つ」「立たない」を確認せずにはいられませんでした(笑)

自分の信念を曲げないと言う確固たる姿勢は尊敬に値するのですが、「その場に合わせる」ことも自分の生き方なのかなあと思っています。


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