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もと教員

事故後、学校は記者の相手どころではない


教員を25年もやっていたので、その間にはいいこと、悪いこと、いろいろと経験をして来ました。

もうずいぶん前ですが、そのころ勤務していた学校の児童が授業が終わって帰ろうとしたところ、学校を出てすぐの交差点で交通事故に遭いました。

当時、1階の教室で特別支援学級の子たちとのんびり作業学習の準備などをしていたら、用務員さんや教頭、担任外の先生たちがバタバタしだしました。

「学校の前で子どもひかれた」

ひかれた子は3人、けがの程度から救急車、ドクターヘリに別れて緊急搬送されました。

学校前は警察や地域の人、かけつけた保護者たちややじ馬でごった返し、送迎に来ている保護者と連絡を取りながら一人ずつ子どもたちを親元に届け、全学年下校完了しました。

若い男の人が会社の軽トラックで赤信号に変わる時に無理して突っ込んできて、青になって横断歩道を渡ろうとした子どもがひかれたとのことです。

担任の先生や学年の先生などを中心に、搬送された病院に手分けして行くことになり、管理職は市教委や警察、医療機関や保護者対応などに追われ、大変な騒ぎです。

そんな中、インターホンが鳴ります。

「○○新聞のものですけど、お話聞かせていただけませんか」

「今対応に追われています。はっきりした情報もないので」と切ろうとすると「何の対応に追われてるんですか」「下校の時は先生方は付き添わないんですか」

言いたかったのは、後の言葉です。

夕刊に「この日の下校時、学校の職員は誰も児童の下校に付き添っていなかった」と書かれました。

うかつに返事をすると、ニュアンスを変えられることもあるので要注意です。

まるで、学校の先生は子どもの家まで送る仕事をサボっていたという印象になってしまいます。

次々にまた「ピンポーン」がなるのですが、本当に子どもたちが生きるか死ぬかの大けがだと言うときに、報道の相手をしていられません。

でもピンポンは鳴り続け、にこやかに断るしかありません。

ちょっと挑発的な言葉を言ってきて、わたしたちが何かうっかり本音や私見を言わないか試すような記者もいました。

若い純真な先生が、「マスコミはひどい」と傷ついていました。

「本当だね。でもあの人たちはそれが仕事、わたしたちは今は子どもたちと保護者をできるだけ守るのが役割」と言うと少し元気を取り戻していました。

幸いけがはひどかった子もいましたが大きな脳神経系のけがはなく、ほぼ元通りの生活に戻れそうとのことでした。

さあ、それから外でがちゃがちゃ集まっている報道陣を相手に記者会見の場を設定しなくてはいけません。

玄関から一番近く、そこそこの人数が入れる多目的室で、部屋にも周辺廊下にも児童の作品や個人の特定につながる物は一切映してはいけないと言う約束で、先生たちが周りをがっちり固めておきます。

一応お決まりの形式的な発表を終わらせ、今後の対応について、とりあえず次の日の朝の動きを決めないといけません。

普段使っている登下校見守りのコースや分担などを打ち合わせ、次の日の朝に備えました。

次の日、旗を持って交差点で安全確保する必要があり、あちこちの交差点に行く人、学校に残って、登校してくる子たちを迎える人も必要なので、打ち合わせです。

そこでようやく帰宅ですが、学校前ではしつこく取材が続いていました。

朝も登校中の子どもやPTAの手伝いの方、先生たちにマイクを向けていました。

マスコミにはしなくてはいけないことがあるけれど、やはり過熱して事故や事件後にもっと被害者が傷ついていてしまうことは避けなくてはいけません。

しかも、その時も「学校の安全対策は」等と学校の批判につながることをたくさん書かれました。

シンプルに「赤信号なのに車が無視して、横断歩道を渡っていた子どもたちがひかれた」危険運転事案だったのです。

そこに「学校の安全対策」「先生の対応」などの、世間が食いつきやすい脚色をしようとするマスコミとの一種の戦いでした。

でも、学校は子どもたちを守らなくてはいけません。

傷つくことがないようにしなくてはいけません。

本当にそっと見守りをして欲しいと心から思います。

 

 

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